最近、優秀な高校、大学生さんとお話しする機会が増えています。私の若い時代と異なり、皆さんお持ちの情報量がとても多いだけでなく、新しいのでとても刺激的です。自分が時代遅れの爺さんである事を再認識させてもらえます。
デジタルネイティブだけに、知識はスピーディに共有されています。入試などの試験内容や傾向などもよく把握していて、どれだけ効率的に解答にたどり着くかということなどもオシャレです。情報がアナログで、ある意味一発勝負であった私たちとは、入試への対応の仕方も違いますね。
とても、優秀で合理的な考えをもつ若い学生さんたちですので、話を進めていくと民主的でスマートな意見がどんどん出てきます。国語教育も教育再生会議以降は変わってきていますので、この影響に感心しました。しかし、昭和の爺さんにとっては、何かもの足らなさを感じてしまうのです。説明の仕方なども言語技術が使われていて綺麗さを感じさせるのですが、どこかで聞いたようなフレーズを連想してしまうのです。
はっと気づいたのは、教科書などに書いてあることや大学で学んだ知識を暗記していて、それを綺麗に並べていることでした。知的な探究心や道徳性という視点から彼らの意見や発言を聞いていると、発言の根拠を理解ではなく暗記に頼っていることがわかります。こちらが新しい角度で意見を述べると彼らは思考が停止したり、場合や状況によっては意見が一転したりするのです。模範解答は得意ですが、現実的な倫理や哲学的な領域に入ると、感情や経験に影響されてしまう中学生レベルの思考に戻ります。
客観的事実に基づいて、合理的な結論を出すような論理的思考が未熟であったり、情報の信頼性や妥当性を評価して、先入観や偏見にとらわれずに判断する批判的思考を使って自分で考えることがあまりできないようです。加えて若さの特権であるといえる既存の枠に捉われず新しいアイディアを生み出すような創造的思考なども苦手で、自分で考えるということが少し希薄な感じがしました。
例えば、発達障害のある方の社会参加などにはとても理解を示しますし、地球温暖化などの問題にも積極的な意見を出すこともできます。しかし、発達障害の診断が操作的診断であることから、将来の診断のあり方などがどのように発展していくのか?というような疑問をだすと、現在、診断基準が確立しているので、それに合わせた新しい治療法が出るから診断基準は今のままでよい。との答えなどがよく返ってきます。前提条件を疑うということなどは、模範解答を得意とする彼らにとっては、あまり意味のないことなのかもしれません。
うちの会社は、そこもターゲットにして研究やサービスの開発をしていることを伝えると、「すごいですね!」という反応で終了します。そこから意見交換が深まらなくなり、寂しさを感じてしまいます。自分の頭で考えるというのは、暗記を中心に模範解答を導き出すのではなく、自分の考えで問題解決や意思決定を導き出せることに他なりません。
自分の持つ価値観をベースに自己理解や他者理解を深めると、より豊かな人生を送るための基盤を作ることができます。そして失敗からも学ぶことができる力がつきます。ですので、人生が広がって深くなり生きる強い力が身についてきます。失敗を恐れず自分で考えて行動することにもチャレンジしてみてください。
©️ 薫化舎 無断転載禁止
デジタルネイティブだけに、知識はスピーディに共有されています。入試などの試験内容や傾向などもよく把握していて、どれだけ効率的に解答にたどり着くかということなどもオシャレです。情報がアナログで、ある意味一発勝負であった私たちとは、入試への対応の仕方も違いますね。
とても、優秀で合理的な考えをもつ若い学生さんたちですので、話を進めていくと民主的でスマートな意見がどんどん出てきます。国語教育も教育再生会議以降は変わってきていますので、この影響に感心しました。しかし、昭和の爺さんにとっては、何かもの足らなさを感じてしまうのです。説明の仕方なども言語技術が使われていて綺麗さを感じさせるのですが、どこかで聞いたようなフレーズを連想してしまうのです。
はっと気づいたのは、教科書などに書いてあることや大学で学んだ知識を暗記していて、それを綺麗に並べていることでした。知的な探究心や道徳性という視点から彼らの意見や発言を聞いていると、発言の根拠を理解ではなく暗記に頼っていることがわかります。こちらが新しい角度で意見を述べると彼らは思考が停止したり、場合や状況によっては意見が一転したりするのです。模範解答は得意ですが、現実的な倫理や哲学的な領域に入ると、感情や経験に影響されてしまう中学生レベルの思考に戻ります。
客観的事実に基づいて、合理的な結論を出すような論理的思考が未熟であったり、情報の信頼性や妥当性を評価して、先入観や偏見にとらわれずに判断する批判的思考を使って自分で考えることがあまりできないようです。加えて若さの特権であるといえる既存の枠に捉われず新しいアイディアを生み出すような創造的思考なども苦手で、自分で考えるということが少し希薄な感じがしました。
例えば、発達障害のある方の社会参加などにはとても理解を示しますし、地球温暖化などの問題にも積極的な意見を出すこともできます。しかし、発達障害の診断が操作的診断であることから、将来の診断のあり方などがどのように発展していくのか?というような疑問をだすと、現在、診断基準が確立しているので、それに合わせた新しい治療法が出るから診断基準は今のままでよい。との答えなどがよく返ってきます。前提条件を疑うということなどは、模範解答を得意とする彼らにとっては、あまり意味のないことなのかもしれません。
うちの会社は、そこもターゲットにして研究やサービスの開発をしていることを伝えると、「すごいですね!」という反応で終了します。そこから意見交換が深まらなくなり、寂しさを感じてしまいます。自分の頭で考えるというのは、暗記を中心に模範解答を導き出すのではなく、自分の考えで問題解決や意思決定を導き出せることに他なりません。
自分の持つ価値観をベースに自己理解や他者理解を深めると、より豊かな人生を送るための基盤を作ることができます。そして失敗からも学ぶことができる力がつきます。ですので、人生が広がって深くなり生きる強い力が身についてきます。失敗を恐れず自分で考えて行動することにもチャレンジしてみてください。
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