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障害者だから…から

今から10年以上前に、発達障害とされた息子さんを理科系の大学に進学させたものの卒業できず、家で怠けた生活をやめないので何とかならないか。というご相談を受けたことがあります。

当時様々な角度から分析をした結果、本人の潜在能力を生かした具体的なライフコースケアプログラム案を作成することができました。ご提案すると保護者は強く希望されましたが、残念ながらご本人は拒否されました。

拒否された理由は、自分は発達障害だから何をやっても最後は許される。障害者は保護されるべきだから、年金や様々な福祉制度を利用したら遊んで暮らせる。障害者だから働く必要はないので、この自立プログラムは無用であり意味がない、とのお考えでした。ただプログラムは行わないが、緊急の時の携帯電話番号を教えて欲しいと言われましたので、お互いに番号を登録しました。その直後2回ほど元気にやっているとのご連絡を頂いていましたので安心していました。

ところが、約10年ぶりにお電話をいただき、会いたいので新しい事務所に行っていいか、との連絡がきました。相談料も払うのでと話されますが相談料などはいらないので、遊びに来てくださいと話すと嬉しそうに電話を切られました。

そして約10年ぶりにお会いするとお元気そうでしたので、うまく問題を克服されて順調な人生を歩んでこられたのだと思いました。しかし、お話をお聞きしていると、初めは趣味や彼女のお話、仕事を変えたことなどの近況報告でしたが、そのうち、現在生活が苦しい。福祉関係者に騙されたとか、警察は汚いことをするなどの社会に対する不満を話し始められました。もともと少し会話が混乱するタイプの方でもあったので、時間をかけてお話を詳しくお聞きすることにしました。

そうすると家族のお話もしてくれるようになりました。初回の面談に来られた7年ほど後に相次いでご両親が亡くなられたとのことでした。大きな敷地でお兄さんご家族も一緒に生活しておられたようです。ご両親ともお亡くなりになった後も仕事にも就かず家にいたため、兄に自立を促されてマンションで一人暮らしを始めたそうです。福祉関係にも繋がり、自立支援を受けていたのですが、対人関係や約束が守れないため、紹介された仕事も続かず、イライラして福祉関係の方などとトラブルを多発させたそうです。

自分は障害者なので、福祉関係のサービスを変えたらなんとかなると、福祉ショッピングをして偏った攻撃的な権利主張ばかりしていたようです。そのうち、勝手解釈してある会社の窓口の女性の方にしつこくサービスに対する苦情電話を毎日何十回も行うようになり、威力業務妨害罪で逮捕、起訴され執行猶予判決を受けていたこともわかりました。思い込みで勘違いをして、お門違いの権利主張をしつこく行ったようです。自分は障害者なのに警察はひどいとか、裁判官は人権をわかっていないなどと話してくれました。

そして有罪判決を受けてから、仕事もしにくくなり、障害者年金だけになって、生活が苦しい、こんな社会が悪い。ということを怒りを込めて話されます。ひと通りお話を聞いて、今後どうしたいのか、ご希望をお聞きしましたが、気がついたら実家もなくなり、兄も引っ越しして連絡がとれない。腹が立つし、許せないが、一方で途方に暮れているとのことでした。どこにも相談できなくなったので、何とかして欲しいと頼んでこられました。

しかしこの状態では、新しい福祉関係にもつなげても同じことの繰り返しになるので、亡くなられたご両親のご相談に来られた時のお気持ちを尊重させていただくことにしました。電話番号を交換した時、ご両親がもしもの時にお願いしますと、少し多めに相談料を置いていかれましたので、それを活用させていただくことにしました。そして5日間ほど、毎日お昼からこちらに来るようにお願いして、プログラムを組みました。

まず、面接やテスト、行動観察等をすると彼には、犯罪者的思考が強く認められたほか、自分が理想として考える福祉モデルが確証バイアスで構成されていることがわかってきました。もともと知能の高い方でもあったので、これらの認知バイアスや不適応リスク要因を特定して、ひとつ一つ認知行動療法的に生活と社会関係の実体験を通しながら、認知再構成を積み重ねていきました。

例えば、障害者は社会的弱者なので、保護され支援されるのが当然というような考え方もお持ちでした。しかし、話をお聞きしていくと、いわゆるエイブリズム(Ableism)といわれるお考えも持ち合わせておられました。ご家族にプライドを持っておられて、そこから勝手解釈と相まって、能力至上主義のような障害者を排除するようなお考えもお持ちでした。自分の内で逆の論理で認知が場によって変動するような思考パターンができていたのです。

彼のこれまでの主張や行動の根源が見えてきましたので、福祉モデルの歴史や医療モデル、社会モデルなどの考え方や実践例などを示して、一緒に考えていきました。言語認識のズレなども出てきますので、辞書を使って修正するなどして、認知バイアスを少しずつ自分の力で再構成できるようにお手伝いしました。初めは怒ったりぶつぶつ不満をぶつけてきましたが、理解が進むとつきものが取れたような表情に変わり、自分なりの社会的能力が涵養されてきました。発達障害の方は、自分で切り開くと理解が早く安定しますね。

結局、5日もかからずもう大丈夫とのことで、現在お世話になっている方々に謝りに行きたいと、自分から行動されました。その後、1ヶ月ほど経って、福祉就労を目指して頑張っているとの電話連絡が入りました。現在はパソコンの入力関係の仕事で安定して地道に働いているとのことです。彼は、障害者だから…ではなく、社会の一員として自分の出来ることを行いながら、自由に生きていくことを選ばれたようです。自分で得られた考え方なので、これからもご自分を大切に豊かなライフコースを歩まれて行かれると思います。

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